NPO法人SSSネットワーク
『スマイル通信』から
「スマイル通信」からおひとりさまに智恵と元気をお届けします
ジャンル: ❤ 松原惇子の元気のでるエッセイ
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更新日 :2026年4月7日(火)
ジャンル:❤ 松原惇子の元気のでるエッセイ
スタートは何歳でも
ピアノを習おうと思い立ってから1年が過ぎた。ビックカメラでひとめぼれした黄色の電子ピアノ。熱しやすく冷めやすい性格なので、インテリア家具にならなければと一抹の不安はあったが、まだ楽器として存在していることに自分でもびっくりしている。
近所にいい先生を見つけたこともあり、習うことが楽しい。現在はショパンの「別れの曲」のアレンジバージョンを練習していて、音符が複雑で絶対に無理と思えた小節をクリアしたときの喜びはひとしおだった。というわけで、まだ飽きずにピアノにチャレンジし続けている。
あと何年生きられるか
先日、新聞で60歳で絵本新人賞を受賞した男性の記事を見た。45歳のときに、「あと何年生きられるか」と意識したときに、初めて真剣に好きなことをやらないと一生後悔すると。そこで、若いときから好きだった絵だと思い、本腰で勉強するようになり、通信教育で学んだり、絵本のコンテストに応募したりしたという。
私はその記事を読みながら、何歳になってもチャレンジする気持ちがあれば、人生は輝くと思った。
彼は45歳のときに急に「あと何年生きられるか」を意識したと言うが、私も最近「あと何年生きられるか」と考えることが多くなった。あらいやだ。考えても残り時間は少ないのに。実感がないのは何なのか。私、本当に78歳? 年齢って何なの?
思い起こせば、74歳のときに私の血液検査の結果を見た呼吸器内科の先生にこう言われたことがある。悪玉コレステロールの数値が悪かったので、薬を飲むべきか聞いたときの返事だ。
「女性の平均寿命が88歳とすると、あなたの余命は14年。薬を飲んで生きるのか、それとも薬のことを忘れて生きるのか。あなた次第ですよ」
あれから4年がたち、私の余命が10年となった。この調子でいくと、終わりはもうすぐだ。
毎朝の鏡はその事実を教えてくれる。化粧のノリも日増しに悪くなっている。髪の毛を整えるにも時間がかかるようになった。肉体は確かに衰えている。でも、心はどうだろうか。
心は変わらないのが、せめてもの救いではないだろうか。シニアになると、心まで年齢に合わせて消極的になり、やれないことを全部、年齢のせいにしている人がいるが、もったいない気がする。ただ、人には「何もやりたくない自由」「ぼーっとして過ごす自由」もあるので、私がとやかく言うことではないだろう。
やり残したことは?
好きなことは子供のころにある。私は音楽も踊りも好きだった。でも、絵本や童話も大好きで、自分で紙芝居を作っていたことを思い出した。絵は本格的に習ったこともないし、絵描きになりたいと思ったこともなかったが、新聞の男性の挑戦に私は触発された。
「ちょっと、ちょっと、ちょっと、絵に挑戦しないで死ぬつもり?」そう思ったとたん、小学生の私がよみがえってきた。
母が長い間、その紙芝居を大切に保管してくれていたが、何度か引っ越ししているうちにどこかにいってしまったようだ。そうですよね。半世紀以上前のことなのだから、なくて当然だ。
私は血液型がO型のせいか、はたまたイノシシ年のせいか、目標に向かってないと生きていけないタイプだ。SSSを始めたのも、誰もまだ気づいていないひとりの時代を見据えての挑戦だった。新しいことに挑戦する人生は何歳になっても楽しい。
先日、中西裕人さんの写真展に行ってきた。50人の女性の中に展示された自分の軽やかな写真を見て、写真の私がこう言っているのを感じた。
「ほら、早くチャレンジしなさいよ。楽しいわよ」と。
(『スマイル通信』第164号/2025年5月号 より)
更新日 :2026年4月7日(火)
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SSSイベント「松原惇子のひとり語り」(2024年10月26日実施)より
ひとりを強く生きる
ーせっかくひとりなのだからポジティブ思考で生きたいー
10月26日に開催したSSSスペシャル企画・第一部「松原惇子のひとり語り」の報告をしたい。久しぶりの大きなイベントに70数名の方が参加し、100人収容の部屋を借りて正解だった。「女性はお花なのだから、壁や土の色は厳禁よ」と日頃から言っているせいか、カラフルな服装の方が多くお花畑のようでうれしくなり、私のテンションも上がった。
❀どこで老いるかより、どう老いるか
ひとりの人は、老後というと、どこで暮らすかという場所の話になる。
「最後まで自宅で」を豪語していた私ですら、母と猫を同時に亡くしたときには弱気になった。40代で仕事も私生活もイケイケの頃、昼間の公園でひとり寂し気に座っているお婆さんを見たときのことは今でも目に焼き付いている。「なんだか寂しそうでかわいそう。あんな風にはなりたくないわ」そのお婆さんと今の自分が重なりぎょっとした。
自分の家族を持たないということは、援護射撃をしてくれる人がいないということだ。これまで、ひとりで生きてきたつもりになっていた自分が恥ずかしい。
結局、子供のいないおひとりさまの最後は、施設しかないのかなあ。在宅ひとりでどこまで頑張れるのか。この2年間は、その答えを見つけるために、全国の気になる施設を訪問したり、90過ぎても自宅で暮らす会員を訪ねたりしていた。
そして出した結論は「どっちを選んでも同じ」である。どちらにもプラス面とマイナス面がある。終身介護、看取りを望むなら施設がいいかもしれないが、自由はきかない。管理者に身を委ねることになるので、それでいいなら施設を選べばいいし、管理されるのは絶対に嫌だという人は自宅に留まればいいだろう。なぜならどっちに転んでも、絶対安心はないからだ。思うに、選択する上で一番大事なことは「どうなってもいい」という覚悟ではないのか。一見、開き直りに聞こえるが、そうではなく、自然にお任せする前向きな覚悟だ。誰も先のことはわからない。どんなに手当てをしてもそうなるとは限らない。「誰も助けてくれなくてもいい」という覚悟ができているか否か。
どこで老いるかの場所の問題ではなく、自分の覚悟の問題だとわかりながらも、この2年間、私は大いにブレた。細かいことはここでは書ききれないので、次回に回したい。
❀世界はどこに向かおうとしているのか
昨今の世の中は急速に暗い方に向かい始めているように感じる。そのスピードは新幹線より速い。いままでの常識はもはや通用しない時代がすぐそこまで来ている。そんな時代の中で、私たちは人生の終わりを迎えることになる。
世界も変わる。トランプさんの自国第一主義の発言が本当なら、日本は大変なことになりそうだが、ネガティブにとらえてもしょうがない。そういう時代も面白そうだとポジティブにとらえてみるのはどうだろうか。
これから「平和な時代」から「安心、安全がない時代」に突入するわけだが、中東とは違い突然、殺されるわけではないのでどっしり構えたい。
何も起こらない平穏な世の中も悪くはないが、刺激は少ない。刺激が少ないと人は考えなくなるのでボケる。サラリーマンに比べ、商店のおばちゃんやおじさんがボケないのは、働き続けているからだと、商店街の惣菜店の前を通るたびに思う。
チコちゃんではないが、「ボーっと生きてんじゃねーよ!」それが試されるときが来たようだ。
❀「私設老人ホーム」という新しい発想‼
先日、ふと、ひとつのアイデアが浮かんだ。施設入居を希望する人の主な理由は「いざというときに安心だから」「看取りまでしてもらえるから」だ。つまり、「安心の場所」として施設を選んでいるのだ。一方、自宅派の人は、「住み慣れた環境を離れたくない」人達だと言える。
極端な分け方かもしれないが、施設派は病気や介護の不安を解消したい心配性タイプ。一方自宅派はなんとかなるさのケセラセラタイプということができはしないだろうか。お金がないから入れない? そうかしら。お金の問題ではないと私は思う。
SSSの会員も高齢になってきている。現在、施設に入っている人は10数名だが、これから増えるかもしれないが、ほとんどの会員が自宅で最期を迎える人達である。
となると、施設の話よりも、自宅で最期まで暮らす方法についての話をした方がいいことに気づいた。
そこで私は考えた。「自宅で施設入居のような安心感を得ることはできないのか」と。そして閃いた。2024年最後の閃きは「そうだ、自宅を私設老人ホームだと思えばいいのだ」と。
自分の家を「私設老人ホーム」だと思う。自分はそこの入居人だと思えばいいのだ。どうですか。わかりますか。入居人1人、管理者1人(1人二役)の私設老人ホームである。しかもオーナーは自分。入居金も管理費も無料だ。そうです。気持ちの持ちようです。発想を変えれば、自宅が極楽になるという発想だ。
❀ドアの内側に看板を
私設老人ホームの名前は好きにつける。自宅のドアの外側だと恥ずかしいので内側にお手製の看板を下げる。ちなみに私の場合は「私設老人ホームまつ」である。名前のまつ? 何をまつ?
具合が悪くなったり、骨折したりしたら、管理人(本人)が地域包括支援センター、社会福祉協議会、民生委員(どの地域にも存在する)に連絡すれば、誰か来る。自宅でも施設に入らなくても助けはくる。
これまでに何度も説明しているが、住宅型有料老人ホーム、サ高住に入居した場合、施設内には介護がついてないので、こちらから包括支援センターに連絡してサービスを受けることになる。施設の場合はスタッフがやってくれるだろうが、在宅とあまり差はない。
「私設老人ホーム」の案を友人たちに話すと、「老いるのが楽しくなってきた!!」と大爆笑!! これから迫りくるひとりの老いや死を深刻にとらえるのではなく、ユーモアを持って乗り切りたい。
笑ってしまえばいいのよ。さあ、あなたの私設老人ホームの名前は何? 「タマ」愛猫の名前でもいいし、宝塚好きな人は「ベルサイユ」「スカーレット」なんていうのもいいかも。
❀物事は考え方次第
ひとり暮らしをネガティブにとらえるのではなく、ポジティブにとらえたい。ひとり暮らしは心細い、怖いとマイナス面に注目するのではなく、ひとり暮らしは自由で素敵、倒れても救急車を呼ぶ人がいないので楽に死ねる。これは事実。ひとり暮らしの会員の死を見ているので、私ははっきりと言うことができる。
同居人がいないと、静かに旅立てますよと。家族がいるから病院に運ばれ苦しい治療を受けることになる。家族の愛って、言い過ぎかもしれないが無知の愛のことが多い。相手を尊重する愛ではなく、自分よがりの愛・・こういうことを言うから私は専門家(特に大学教授)から嫌われるのだが、私は権威にしがみつく人が嫌いだからいいのだけど・・(注)中には本物もいますが・・
「100歳まで生きる時代」とマスコミに踊らされて、びくびくしてないで、ひとりを強く生きたい。私設老人ホームで好きに過ごしましょうよ。さあ、今晩はワインに生ハムもいいわね。
皆さん、せっかくひとりなのだから、弱音を言わずに強く生きましょう。若い世代のおひとりさまに「老いてひとりでもこんなに幸せになれる」という見本を見せて死にましょう。
❀ポジティブ思考になるには
それでは、ここで明日からポジティブに生きられる方法を伝授したい。えらそうでごめんなさいね。今回は誌面に限りがあるので、ポジティブ講座の初級編「感謝」を紹介したい。
【初級編「感謝」】
すべてのことに感謝する習慣をつけると、あら不思議、すべてのことに「ありがとう」を言うと明るい気持ちになれる。
①感謝→朝目覚めたら、目が覚めたことに感謝「ありがとう」。
明日、目が覚めるかわからないのに目が覚めたのだから。
②感謝→トイレで「ありがとう」。
今日も出ました。出なかったらどうなることか。これ、当たり前のことではないのよ。
③感謝→仏壇に向かって両親、先祖に「ありがとう」。
自分で産まれてきたわけではないのだから。
命を授けてくれた数えきれないほどの先祖たちに「ありがとう」。いい人生送らないと怒られるわよ。
④感謝→嫌味を言われたあの人にも心の中で「ありがとう」。
そういう見方もあることに気づかせてくれたのだからありがたい。
⑤感謝→付き合ってくれる友達、農家の人、コンビニの人、・・・日頃の生活を支えてくれている人に「ありがとう」。
⑥感謝→太陽に「ありがとう」。
木々や草花、鳥や魚や生き物たち、あらゆるものに感謝。みんな一緒に生きている地球の仲間だ。
そういう目で世の中を観る癖がつくと、昨日までの無味乾燥な毎日が輝き始めるので試してみてね。
(『スマイル通信』第161号/2025年1月号 より)